8月20日に放送された「ザ少年倶楽部 プレミアム」の「Premium Show&History」のコーナーに、V6がゲストで出演しました。

デビュー秘話を明かしています。

岡田准一がメンバー入りできたのには、バレーボールが関係しているというのです。


V6は、1995年にデビューしました。

メンバーは、どのように決められたのでしょうか?

森田剛と三宅健は“剛健コンビ”と呼ばれ、当時のジャニーズJr.でもっとも人気がありました。

当初は、三宅だけが選ばれており、森田はメンバーに入っていなかったといいます。

それを知った三宅が、「剛が入らないならやらない」と言ったことで、急遽森田もメンバー入りすることになったそうです。

このことは、ファンの間では有名な話です。


井ノ原快彦が、「2人には保護者を付けなきゃいけないとなり、トニセン(坂本昌行、長野博、井ノ原)が入り、あと1人誰かという話になった」と言います。

最後に加入することになったのが、岡田だといいます。

岡田の抜擢は、まさに運命的だったといいます。

バレーボールの練習をするということで集められたジャニーズJr.の中で、大阪から出てきたばかりで友逹がいなかった岡田は、井ノ原らの仲間に入れてもらうことに。そこへジャニー社長が現れ、「なに遊んでんの!? バレーボールやってんの、アイツだけじゃないの!」と岡田を指差し、「やる気あるね」とV6への加入が決まったのだとか。まさに夢のような話ですが、当の岡田は「入ってすぐ『V6になれ』って言われて。(森田と三宅は)Jr.のトップだったから、一緒にマイク持って『スシ食いねェ!』とか歌わされたんですよ(笑)。それはやっぱり緊張しましたね」と振り返ります。

(ジャニーズ研究会より引用)


岡田を見た時、ジャニー喜多川社長は何かひらめいたのかもしれません。

それで、岡田の加入を決めたのでしょう。

本当に、運命的なものを感じます。

もし井ノ原らとバレーボールの練習をしていなかったら、間違いなく「V6の岡田准一」はいなかったでしょうね。

どこでどう人生が変わるのかわかりません。


ジャニーズグループのメンバー選出については、結構こういう話がありますね。

SMAP・中居正広は、途中でローラースケートの練習に行かなくなったので、光GENJIのメンバーに選ばれなかったというのです。

もし練習に行っていたら、「SMAPの中居正広」は誕生していなかったかもしれません。


先輩にこのような発言ができる、岡田はやはり大物でしたね。

今では、ジャニーズの中でトップクラスの俳優になりました。

最近は、個人としての活動ばかりで、あまりグループとして活躍できていません。

もう1度、V6で活躍できればいいですね。

もちろん、個人としても頑張って欲しいです。

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